「文明の利器・『カーナビの活用法』」について考える


 私は、新しい機能を持った機械類が好きである。20年近く前の事ではあるが、カーナビなるものの存在を知り、大枚をはたいて設置した。『目的地まで案内してくれるので、外出への抵抗感も薄れ好奇心のおもむくまま近場の史跡や店舗』を訪れ楽しんでいた。

 最近のナビは高性能で、私の経験したような心配はないが、当時のナビは、いろいろ問題もあった。大きな失敗例を挙げてみると、冷や汗ものである。
① ゴルフ場に隣接していた名刹を訪れたときのことである。すぐ近くまでは、行けたのであるが、どうしても目的地には到着できない。その理由は、ゴルフ場のカート道を一般道路と勘違いして、目的の名刹へ導こうとするナビの誘導の仕方に問題があった。
② 隣接県の観光スポットへ、チャレンジした時の事である。『ナビの指示により快適なドライブを続けているうちに、知らず知らずのうちに山間部の林道』に入ってしまった。『ナビを信用したばっかりに、大変な事態に直面してしまった。』乗り入れたのは営林署の林道であった。『だんだんと細くなる道に不安は感じても、もう引き返せない。曲がりくねった狭い林道を150mほどバックしなければ、もとの広い道路には戻れない。』
前進しか手立てはないと判断し、障害物のない事を念じながら、ひたすら前進。何とか広い道路に出て難を逃れた。もし、『倒木が林道でも塞いでいたらと考えると、ゾッとする。』
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 以来、ナビの活用方法を変えた。『目的地への道順は、最短距離設定を避け、一般道路の使用設定にこだわり、道幅に留意しながらのドライブ』に切り替えた。
 でも、相変わらず『最短距離設定でナビを利用しているドライバーも多いようだ。その証拠に幹線道路の信号待ちを避け、住宅街の細い道を通勤』に利用している若者も多いように感じる。こんな抜け道は、『地元の住人でも、一部の人しか知らないぞ。そう思われる細道を走っていく自家用車の多い事』。ビックリする。

住宅街の生活道路だけに、住民の自動車への注意も薄れがち。交通事故などへ発展しなければと心配の毎日である。自動車は、徒歩や自転車と異なり、早く移動できる交通手段である。『遠回りしても、そんなに時間のロスにはならないはずだ。』それよりも危険な事態に遭遇することは、極力、避けるべきだ。

『これが、車社会で生活する人間の基本的な生活スタンスではないか。』朝の貴重な時間の10分は、大きい。でも、10分早起きして、幹線道路を時間をかけて通勤する方が、危険が少なく人生での大きな失敗を避ける手段ではないか。そんなことを考えた。


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