暮れのTV番組・「なまはげ」について考える
暮れも押し迫った時であり、世間的には忙しい時期であったが、特別やることもなかったので、暇つぶしにTVを見ていた
番組では、「男鹿のなまはげ」についての映像が流れていた。あれは怖い。小さな子供にとっては、絶えられない恐怖であろうと思った。
鬼の面をつけ、蓑で全身をつつんだ姿の赤鬼が、各家庭を回り、荒々しい声で叫んでいた。『泣ぐ子はいねが~。』『悪い子はいねが~。』……と。これを見た幼児は震え上がり、泣きじゃくっていた。当然のことであり、見ていて可哀想になってしまった。
大人にとっては、それなりの理由があり厄除け・福を呼び込む為の奇習と捉える「なまはげ」ではあるが、子供にとっては恐怖以外のなにものでもない。そして接待を受けた帰り際に、「なまはげは、山さで、見ているからな~」と留めの一言。
現代的に解釈すれば、PTSDで、子供の心を傷つけはしないか…?。考えてしまった。一度、幼児期に「なまはげ」を経験した人に、その時の感想を聞いてみたい、そんな気持にさせられた。
《男鹿のなまはげHPから借用》
少し前までは、子供をしつける意味合いから、こうしたことを行なう風習が各地にあったみたいだ。
私自身の幼児期のことを考えてみても、怖かった経験がある。それは食事の後に、すぐ横になったときに、よく叱られた。「ご飯を食べて、すぐに寝ると、牛になるぞー」。この一言は、当時の私にとっては恐怖以外のなにものでもなかった。
「俺は牛になるのだけは、嫌だ。絶対に嫌だ。」と思ったことを今でも思い出す。
だって、牛にされれば、田んぼでの鋤引きの仕事をさせられるし、重たい牛車を引かされ、お尻を鞭でたたかれ、坂道を登らなければならない。その挙句、最後は肉にされて食べられてしまう。そんなことを連想して、飛び起きたものだ。
ある程度の年齢になり、それが嘘あると分かるまでは、ずいぶん心配したものだ。いくら「しつけの面から…。教育的な観点からの手法であれ、…」幼子にはあまりにも可哀想な気がした『なまはげ』であった。
当然、後から母親の優しいホローはあると思うが、でも、泣き叫ぶ幼児の姿を見て、自分の子供の頃に抱いた恐怖心を思い出し、少し憂鬱になってしまった。
子供の「しつけ」って、本当に、難しいものだそんなことを考えた。
番組では、「男鹿のなまはげ」についての映像が流れていた。あれは怖い。小さな子供にとっては、絶えられない恐怖であろうと思った。
鬼の面をつけ、蓑で全身をつつんだ姿の赤鬼が、各家庭を回り、荒々しい声で叫んでいた。『泣ぐ子はいねが~。』『悪い子はいねが~。』……と。これを見た幼児は震え上がり、泣きじゃくっていた。当然のことであり、見ていて可哀想になってしまった。
大人にとっては、それなりの理由があり厄除け・福を呼び込む為の奇習と捉える「なまはげ」ではあるが、子供にとっては恐怖以外のなにものでもない。そして接待を受けた帰り際に、「なまはげは、山さで、見ているからな~」と留めの一言。
現代的に解釈すれば、PTSDで、子供の心を傷つけはしないか…?。考えてしまった。一度、幼児期に「なまはげ」を経験した人に、その時の感想を聞いてみたい、そんな気持にさせられた。
《男鹿のなまはげHPから借用》
少し前までは、子供をしつける意味合いから、こうしたことを行なう風習が各地にあったみたいだ。
私自身の幼児期のことを考えてみても、怖かった経験がある。それは食事の後に、すぐ横になったときに、よく叱られた。「ご飯を食べて、すぐに寝ると、牛になるぞー」。この一言は、当時の私にとっては恐怖以外のなにものでもなかった。
「俺は牛になるのだけは、嫌だ。絶対に嫌だ。」と思ったことを今でも思い出す。
だって、牛にされれば、田んぼでの鋤引きの仕事をさせられるし、重たい牛車を引かされ、お尻を鞭でたたかれ、坂道を登らなければならない。その挙句、最後は肉にされて食べられてしまう。そんなことを連想して、飛び起きたものだ。
ある程度の年齢になり、それが嘘あると分かるまでは、ずいぶん心配したものだ。いくら「しつけの面から…。教育的な観点からの手法であれ、…」幼子にはあまりにも可哀想な気がした『なまはげ』であった。
当然、後から母親の優しいホローはあると思うが、でも、泣き叫ぶ幼児の姿を見て、自分の子供の頃に抱いた恐怖心を思い出し、少し憂鬱になってしまった。
子供の「しつけ」って、本当に、難しいものだそんなことを考えた。

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